フクダエイタロウさん(1929年生)
17歳のとき
姉の嫁ぎ先の自転車屋で
働き始めた
店は日本橋で
繊維の街
荷物の運搬の主役は
自転車で
繊維を取り扱う店は
年に一回 自転車を買い替えた
お客さんのほとんどが
顔なじみだったから
売った自転車の様子を見に行き
壊れそうな箇所があると
店に持ち帰って 直して 届けた
積み重ねた信用で
店は繁盛し
エイタロウさんは
27歳で自分の店を浅草に開いた
ところが
客層が違う
壊れる前に直すのはもったいない
壊れるまで乗るという気質
加えて
オートバイと自動車の時代が
幕開けし
女性が自転車に乗るようになると
安売り自転車が大型店の店頭に
並び始めた
フクタロウさんは言う
戦後 いろいろなモノの価格が上がったけれど
たいして価格が上がらなかったものは
自転車とタマゴだと